司法試験合格の連絡2013年09月15日 13:47

ゼミOBから、司法試験合格の連絡を今年も頂きました。

大学卒業からロースクールでの勉強を経て合格までの長い道のりに思い致すときには、きっと想像以上に厳しい状況に耐えて、それでも勉強を続けたのだろうと思います。 その努力が報われたことに、ご本人のみならず、それを支えたご家族の方々など周囲の人たちに心からお祝いを申し上げます。 とはいえ、ここからがスタートラインですので、なお一層前を向いて明確なビジョンを持って進んでもらいたいと願っております。

その一方で、合格に至ることのできなかった人たちのことを思うと、大いに心が痛むところです。 運が悪かった、体調不良だった、計画が不十分だった、努力が足りなかったなど、様々な理由があるとは思いますが、チャンスがある限り、前向きに進んでほしいと思います。

これまでの自分を顧みて、どこに問題があったか自己分析をして、それを克服すべく日々努力を積み重ねてください。 きっと先が見えてくるはずです。

ただ、世の中には向き不向きがあるのも事実ですので、ある程度やってみて自分が試験には向かないと思えば、勇気ある撤退というか、方向転換をすることも重要だと思います。 現代社会は幅が広いですし、多様性に富んでいますので、自分の生かせる場所が必ずあるはずです。 自分に合った生き方を考えてみることも重要かと思います。

さて、こちらから連絡をし難いところもありますので、何かあればいつでもご一報いただければと思います。

13ゼミ旅行2013年09月09日 15:14

9月7日(土)から1泊で、3年ゼミのゼミ旅行に行ってきました。

今年は伊勢・志摩方面となり、近鉄電車の「まわりゃんせ」を利用し、初日は志摩スペイン村に行きました。 久しぶりの遊園地でしたが、学生さんと一緒につい苦手なジェット・コースターに乗ってしまい、かなり軽い程度とタカをくくっていたのですが、あえなく撃沈してしまいました。 やはり苦手なものは、いくつになっても苦手なままですね。 (その後、しばらく胃のあたりが気持ち悪かったです)

夜は鳥羽の戸田屋さんに宿泊しました。 夕食はバイキング形式でしたが、高級なお料理が並び、つい食べ過ぎてしまいました。 夕食後は部屋で休憩した後、男子の大部屋で宴会となりました。

2日目の午前中は鳥羽湾クル-ズのあと水族館に立ち寄って、バスで伊勢神宮内苑まで行き、おかげ横丁などて食べ歩きをした後、お参りに行きました。 赤福本店前に赤福かき氷のお店が出来ていて、どうやらいま流行のようですね(お腹を壊しやすいので、私は食べませんでしたが…)。 日曜日ということや、伊勢神宮は式年遷宮の年ということもあってか、観光客やお参りの人でごった返していました。

その後、宇治山田駅から特急にて大阪難波駅まで戻ってきました。 当日、突然来ない人がいたり、学生さんのスマホが座席横テーブルの隙間に落ちて取れなくなったり、旅館にシャツを忘れたりと、小さなトラブル(?)はありましたが、事件や事故もなく、大変楽しい旅行となりました。 旅行委員の人には大変お世話になりました。有難うございました。

しかし、私も40歳を超えてから年齢的、体力的にゼミ「旅行」へのお付き合いは厳しくなってきたことを実感しています。 ここ数年ずっと考えていたのですが、やはり近場でのゼミ「合宿」にする方が、学生さんの勉強になるのはもちろん、教員側の負担も軽減されるでしょうね。

体力の回復を図るべく、今日は一日休養日とすることにしました。

東京出張2013年09月03日 21:55

昨日、大学業務のため日帰りで東京まで出張でした。

関西は雨模様で、姫路方面ではJRもストップしていたため、予定より少し早目に出発しました。 新幹線も通常運行でしたので、かなり時間的に余裕を持って到着することができました。

結果的に時間が余ったため、関西学院大学の東京オフィスを初めて覗いてみました。 東京駅八重洲口北側にあるビルの10階の一部に位置していて、入館には割と厳重なチェックがありました。

パソコンでメールや東京の路線図などをチェックした後、業務会場にあたるプリンスホテルへと向かいました。 ホテルのちょうど後ろに、晴天の中、東京タワーが見えていました。

実のところ、学会や仕事等で東京に行くことも時々ありますが、出歩くのが面倒な性質なため、大体が直行直帰の人間です。 そのため、人生で初めて見る東京タワーでした(暑くて近くにも行かず…)。

さて、東京駅から地下街を抜けて「大手町」駅から都営三田線で「御成門」駅まで向かいました。 その際に、飛び乗った電車内でサラリーマン風の青年に「ごせいもん」駅には止まりますかと聞いたところ、しばらく不思議な顔をされたあと、「ああ、おなりもん、ですね、止まりますよ」とお答えいただきました。 若干恥ずかしい思いをしましたが、どこにしても地名の読み方は難しいものですね。

ちなみに、関西人にとっては「都営さんだ線」と呼んでしまいそうです。

お盆休み2013年08月12日 10:41

まったくの私事で恐縮ですが、このお盆休みに、父の計画で渡邊家の先祖の供養塔があるという瀬戸内海の島に一泊旅行に行ってきました。 家族総勢17名、小さい子どももいるうえ、ここのところの異常な暑さで参りましたが、ご先祖のものとされる供養塔と祠の場所に行きつくことができました。

もともと、実家にはおよそ20世代ほど前に遡る家系図が残っているのですが、父も叔父も後世の偽物だろうと取り合っていませんでした。 しかし、今年のお正月にざっと現代語に訳してみると、それなりに信憑性もあるかもしれない内容だということが分かりました。

うちの渡邊家のお墓自体は香川県の奥地の村に江戸末期から5、6代ほど残っているのですが、父方の祖父が戦争で亡くなっていることもあって、それ以前の動向はわかりませんでした。 ですが、もしその家系図が正しいとすれば、20代ほど前の戦国時代末に、現在の九州や山口辺りで戦に負けたご先祖が瀬戸内海の水軍で有名な島に流れ着き、そこで渡邊家にお世話になったのち、その名跡を継いだということになるようです。

今回の旅行でとくに興味深かったのは、父が連絡を取ってお会いした島の高名な郷土史家の先生(御年90過ぎ)から島の歴史等を詳しく伺うことができたことです。 さらに、その先生がうちの渡邊の家系図と3代目くらいまで同じ家系図の写しをお持ちだったことです。 どうやら、数年前にも群馬県(?)の方から、とある渡邊さんが尋ねてこられて、ご先祖がこの島の出身だという同じ系譜の家系図をお持ちになられたそうです。 おそらく、3代目辺りから分かれた遠い親戚にあたる人なのかもしれません。

さて、私自身は父ほどに興味があるわけでもありませんでしたが、それでも自分の祖先(かもしれない人)が遠い昔にこの島に暮らしていたのかと思うと、なかなかに感慨深いものがありました。 他の瀬戸内海の島々と同様にこの島も過疎化が進んでいるそうですが、ぜひ島の歴史を大切に残していってほしいものです。

私自身、なかなかお墓参りにいく時間も取れず、ご先祖を大切にしない不遜な人間ではありますが、少しは心根を入れ替えなければならないなと思ったお盆休みでした。

大学業務と研究2013年08月06日 14:58

昨日の追試2日目の試験監督業務にて、13年度春学期の大学業務が終了しました。 今年から学部長補佐職を拝命したため、この春学期は大学業務にかなり忙殺されてしまいました。 体力的にはまだ不安もあるのですが、遅ればせながら、そろそろ夏の研究体制に移行しようと、気持ちを切り替えているところです。 (これが、なかなかに難しいですね…)

かつて同職にあった父にも言われたのですが、大学教員の仕事には「研究」と「教育」という2つの車輪があるとよく例えられます。 この2つの車輪がバランスよく回らなければ、大学という研究・教育機関は前には進まないということなのでしょう。

ただ最近は、これらに加えて、さらに「大学業務」を切り離して考えるべきかと思われます。 これまでは「教育」の一部に「大学業務」も位置づけられていたのでしょう。 しかし、いずれの大学でも、講義やゼミといった純粋な「教育」の負担ももちろん増える一方で、教育懇談会、学生就職支援や高校訪問・オープンキャンパスなどなど、様々な「関連業務」が増えていると聞き及びます。 関学大はまだマシな方かとは思いますが、先輩教員の方々からは、とみに関連業務や会議が増えて来たと伺っております。

教員の仕事が2輪から3輪になって、はたして上手く前に進むのでしょうか。 大学からお給料をいただいている身であまり苦言を呈する気はありませんが、なんにせよそのバランスの取り方に問題があると感じます。 どれかが突出してしまってバランスを崩せば、教員個人も大学自体も上手く回らなくなってしまうのではないでしょうか。

その昔、私の子どもの頃にはミゼットなどのオート三輪がありましたが、最近はまず見なくなりました。 その原因をよく知りませんが、大学教員の行く末もこのようなことにならないことを祈りたいものです。